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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1276号 判決

昭和四九年(ネ)第二、九四七号事件被控訴人

昭和五一年(ネ)第一、二七六号事件控訴人

第一審原告 紺野幸五郎

右訴訟代理人弁護士 斉藤鳩彦

同 佐藤勉

昭和四九年(ネ)第二九四七号事件控訴人

第一審被告 斉藤明男

昭和五一年(ネ)第一、二七六号事件被控訴人

第一審被告 菊地一雄

右両名訴訟代理人弁護士 上村正二

同 石葉光信

同 石葉泰久

主文

(昭和四九年(ネ)第二九四七号事件について)

一  原判決を取消す。

二  第一審原告の第一審被告斉藤明男に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

(昭和五一年(ネ)第一二七六号事件について)

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告訴訟代理人は、昭和四九年(ネ)第二、九四七号事件について、控訴棄却の判決を、昭和五一年(ネ)第一、二七六号事件について「原判決を取消す。第一審被告菊地一雄は第一審原告に対し、金三六一万一四一四円及びこれに対する昭和四九年一一月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告菊地一雄の負担とする。」との判決を求め、第一審被告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

(第一審原告と第一審被告斉藤明男間の双方の事実上の主張)

一  第一審原告の第一審被告斉藤明男に対する請求原因の主張は、昭和四九年一二月五日言渡の原判決の事実および理由欄一摘示のとおり(但し、同判決一枚目裏五行目の「自動二輪車」とあるのを「原動機付自転車」と同三枚目裏六行目の「訴状送達の日の翌日」から同七行目の「金員」までを「訴状送達の日の翌日である昭和四九年一一月九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金」とそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。

二  第一審被告斉藤訴訟代理人は右請求原因に対する答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

1  原判決記載の請求原因(一)の事実中「第一審原告主張の日時、場所において、その主張の衝突事故が発生し、第一審原告が傷害を負ったことは認めるが、その余の事実は否認する。第一審原告主張の責任原因は争う。

2  同(二)項の事実中、後遺障害の事実、慰藉料、弁護士費用の発生原因事実はいずれも否認し、その余の事実は知らない。仮に損害が発生したとしても、治療関係費中、個室料と付添人食事代は本件事故と相当因果関係にある損害とはいえない。また、付添看護料中、第一審原告の妻の付添料は、その付添の必要性がない。仮に必要であったとしても、妻の愛情によるものであるから、金銭に評価することができない。物損については、第一審原告主張の購入価格が適正であるかに疑問があるうえ、本件事故は本件原動機付自転車購入後三か月後に発生したものであるから、購入額すべてが損害とはいえない。

3  本件事故の発生につき、第一審被告菊地は無過失である。すなわち、本件事故現場は南北に通じる交通量の多い国道六号線とこれに南西から鋭角に交差する県道との交差点である。国道は車道幅員一一・三メートルで、県道は幅員六・五メートルであり、同交差点には信号機による交通整理は行なわれておらず、県道から国道に入る交差点入口に一時停止標識がある。同被告は前記国道六号線を東京方面から平方面に向って時速約五五キロメートル前後の速度で先行車である四トン小型トラックに約五〇メートルの間隔を保って進行していたものである。第一審原告はヘルメットも着用せず、原動機付自転車(以下、原告車という。)に乗って、前記県道から国道六号線に進入したが、その際前記先行のトラックの動静のみに注意をとられ、その後続車である同被告の運転する乗用車(以下、被告車という。)に気づかないで右トラックをやりすごした直後に飛び出すように同国道に進入したため、同被告は避けきれずに原告車の前部と被告車左前部が衝突した。右状況の下では、同被告には第一審原告が被告車の進路上に進入してくることを予想してこれに対処する方法をとるべき注意義務はないというべきであるから、同被告に過失はなく本件事故はもっぱら第一審原告の一時停止義務違反と前方不注意の飛び出しとによる一方的過失により惹起されたものである。そして、被告車は法定の定期検査をうけており、構造上の欠陥又は機能上の障害はなかったものである。

4  仮に第一審被告菊地に過失があったとしても、第一審原告にも重大な過失があるから、損害につき過失相殺されるべきである。

5  第一審被告斉藤は第一審原告に対し見舞金として一万五〇〇〇円を支払い、また、第一審原告は自賠責任保険から金六九万円の給付をうけているから、その限度で損害は填補されている。

三  第一審原告訴訟代理人は、第一審被告斉藤の抗弁につき、次のとおり述べた。

1  第一審被告斉藤主張の右3の主張は争う。前記国道六号線の本件現場付近は見通しがよく、しかも、当時事故発生現場には横断歩道があり、その標識が設置されていたのであるから、同被告は横断者の存在等に常に注意すべきであった。この点で、同被告は前方注視義務違反がある。また、本件事故は同国道のセンターライン付近で発生したものであるところ、同被告がキープ・レフトの原則に従って進行し、また、原告車を発見したとき、急激な右回転操作をしなければ本件事故は発生しなかった。しかるに、第一審被告菊地は、右の注意義務を怠り、時速八〇キロメートルを越える速度で被告車を進行させ、右国道六号線のセンターラインの対向車線内において右折完了直前の原告車の後部車輪付近に被告車の右ライトの部分を衝突させたものである。

2  同4の主張は争う。第一審原告になんらかの過失があるとしても、その過失割合は二割を越えるものではない。

(第一審原告と第一審被告菊地一雄間の双方の事実上の主張)

右当事者双方の事実上の主張は、第一審原告訴訟代理人において、前記三1と同一の事実を述べたほか、昭和五一年四月八日言渡の原判決事実摘示のとおり(但し、同判決一枚目裏一一行目「自動二輪」とあるのを「原動機付自転」と同四枚目表四行目の「から支払ずみまでの法定」とあるのを「である昭和四九年一一月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による」とそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。

(証拠)《省略》

理由

一  昭和四八年一一月一日午前五時一〇分頃茨城県北茨城市下桜井町八三四番地先六号国道上において、第一審原告運転の原動機付自転車と第一審被告菊地運転の普通乗用自動車とが衝突したことは、当事者間に争いがない。

右の事故によって第一審原告がその主張の傷害を受けたことは《証拠省略》により認めることができる。

二  そこで、まず、本件事故の発生について第一審被告菊地に過失があったかどうかについて調べてみる。

1  《証拠省略》を綜合すれば、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は南北に通ずるアスファルト舗装の国道六号線とこれに南西から鋭角に交差する県道との逆Y字型交差点内である。同所の国道は車道幅員一一・三メートル(但し、中央線から西側の片側車線の幅員は五・一メートル)で、南方(日立方面)から北方(いわき市方面)へ向うと、ゆるやかに右方にカーヴし、車道中央には「はみ出し禁止」の中央線が引かれ、この道路標示は交差点内にもあり、見通しがよく、事故現場南側には横断歩道があった。当時、速度規制はなかった。県道は車道幅員六・五メートルで、県道から国道への交差点入口に一時停止の標識が設けられている。そして、交差点には信号機の設置がない。付近は、人家が疎らで、街灯がなく事故当時は薄暗らかった。

(2)  第一審原告は県道を南西から進行してきて交差点に進入し鋭角をなしている交差点の角から北方へ約一一メートル、交差点内の国道西側側端から西方約〇・七メートルの地点で一旦停止し、国道を南方へ右折するため、右折の方向指示燈を点滅しながら、エンジンをとめず、ギヤをニュートラルにして、南方(日立市方面)から北方(いわき市方面)へ国道を進行してくる四トン積トラックが通過するのを待っていた。右通過後、第一審原告は右トラックに後続して被告車が同国道を進行してくるのを認めたが、同車が一七〇メートルから二〇〇メートルも遠方にあると錯覚し、その到達前には右折を完了できるものと思推して、ギアをローにして低速で発進し、右方へ若干弧を描く走行方法で約六・二メートル進出したところ、国道中央線上に到達する直前において、原告車の右前部付近に被告車右前部が衝突した。

(3)  第一審被告菊地は国道を南方(日立市方面)から北方(いわき市方面)へ時速約六〇キロメートルで、中央線寄り部分を先行車である前記トラックと約五〇メートル位の間隔をおいて前照燈を点燈して進行した。同被告は交差点に進入する前に約五〇メートル前方の左側に原告車が一時停止しているのを発見したが、原告車が被告車の通過を待っているものと考えて、そのままの速度で交差点に進入したところ、原告車が突然交差点に低速(始動時は人の速歩程度)で進出してきたのを交差点間近(衝突地点から約一五メートル手前付近)にいたって発見し、急制動するとともに急いで右方へ転把して衝突を避けようとしたが、原告車に前記地点で衝突した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》第一審原告は、第一審被告菊地運転の被告車は時速約八〇キロメートル以上で進行してきたと主張し、第一審原告本人は原審において右主張に沿う供述をしているが、右供述はこれに反する《証拠省略》に照らして措信できず、他に右主張事実を肯認するに足りる証拠はない。なお、甲第一四号証の三によると、本件衝突地点から右斜め前方(被告車から云って)に向って左約九・一メートル右約九・九メートルの被告車のスリップ痕が印せられた事実が認められる。《証拠省略》によれば、右のスリップ痕は被告車が原告車と衝突後、これを押しながら印したものであることが推測されるから、右制動痕をもって、直ちに被告車の時速を測定することはできないのであるが、此の点を考慮に入れても被告車の速度が第一審原告の主張のように高速のものでなかったことが右スリップ痕の長さによって推測しうる。

次に、第一審原告は、原告車が衝突された箇所は右後部車輪付近であり、衝突地点も中央線の東側すなわち対向車線内であり、原告車の車体の大部分は被告車の走行車線を横断し終っていた旨主張し、第一審原告は、原審および当審(但し、当審は第一回)において、右主張に沿う供述をする。また、《証拠省略》によれば、第一審原告は本件事故により右内外果骨折をしていることが認められ《証拠省略》中には、衝突地点が中央線より東側の対向車線に入っていた旨の部分がある。しかし、《証拠省略》を綜合すれば、原告車のガソリンタンク右側、ホーク右側等が凹損しており、しかも、これに符合するように、被告車の前部凹損箇所は中央部分にまで及んでいること、ならびに衝突後、被告車が原告車を惰性でそのまま暫らく押していたことが認められる。また、第一審原告の右内外果の受傷は必ずしも被告車右前部の衝突によって生じたものと認めるに足りる的確な証拠はなく(この点に関する当審における原告本人の供述(第一回)は曖昧であって右事実を証するに足りない。)、右衝突後、第一審原告が転倒した際受傷したことも考えられないではない。以上によれば、衝突箇所は原告車の後輪付近とは認められない。また、前記甲第一四号証の三に記入されているスリップ痕、擦過痕の位置、方向等と第一審被告本人菊地一雄の供述とを綜合すれば、衝突地点は道路中央線より西側の車線内であったと認められ(る。)《証拠判断省略》

2  右認定事実によれば、本件事故の発生した交差点は、交差点内にも国道に中央線の道路標示がありまたその幅員からしても、県道に対して国道は優先道路である。さらに、第一審原告は逆Y字型交差点で右折しようとし、第一審被告菊地は直進しようとしたものであるところ、道路交通法第三七条は車両が差点で右折する場合において、交差点において直進しようとする車両があるときは、当該車両の進行妨害をしてはならない旨を定めており、この優先順位は交差点における車両交通の安全を保持するための最も基本的な遵守事項である。したがって、県道にくらべて明かに車道幅員が広く、優先道路であることが道路標示によって示されている国道を直進している同被告としては、交差点内の自己進路左側端の外側に右折しようとして一時停止している車両があることを発見しても、これが直進車である被告車の通過を待つことを期待することが道路交通法上当然許されるのであり、この車両が被告車の通過を待つことなく、被告車の進行を妨害して自車の進行線上に進入してくることまで予想してこれに対処する方法を考えるべき注意義務はないものといわねばならない。

第一審原告は国道六号線の本件現場付近は見通しがよく、しかも横断歩道もあったから、横断者等の存在を常に注意すべきであったのに第一審被告菊地には前方注視義務を怠った過失があると主張する。なるほど、本件事故現場は見通しがよく、事故現場付近には横断歩道があったことは前記のとおりであるが、同被告は原告車を前記のとおり約五〇メートル手前で発見しているのであり、しかも、当時、横断歩道上に歩行者がいたわけではなく、同被告が原告車が自己の進行を妨げるような時機に横断を開始すると予想しないことは前記説示のとおりである。同被告が原告車が国道上を横断しようとして発進したのを発見したのは前記のとおり衝突地点の約一五メートル手前であり、被告車の時速を六〇キロメートルとすれば、一五メートルを走行するのに一秒弱の時間を要することになるが、同被告は衝突前にブレーキをかけているから、これより以上の時間を要したものと推測しうる。これに対し、原告車は衝突時まで、停止位置から約六・二メートル進行している。右距離の所要時間を推測することは難しいが、前記のとおり原告車は始動時には、ギアをローにして人の速足程度の低速で進んだが発進後すぐに加速されることを考え合せると、約二秒程度で六・二メートルの距離に到達できると一応推測される。そうだとすれば、同被告の原告車の進入の発見が遅れたとも云いえないのである。いずれにしても早暁の薄暗い時刻のいわば一瞬の出来事である本件において、同被告に対し前記認定のような状況のもとにおいて原告車が自己の進路上に進入してくるものと予想しこれに対処する方法をとることを期待するのはまさに運転者に難きを強いるものというべきである。したがって、同被告に前方注視義務違反を認めることはできない。

また、第一審原告は同被告がキープ・レフトの原則を守らなかった結果、本件事故を回避できなかったと主張するが、被告車が国道六号線の西側車線を中央線寄りに進行したことは前記のとおりであるが、本件事故は、前記のとおり、原告車が不意に被告車の進行線上に進入してきたため、同被告が衝突を避けようとして右に転把した際に起きたものであり、その衝突地点も被告車の進行車線内であるから、被告車は左程極端に中央線寄りを進行していたものではなく、本件事故はもっぱら第一審原告の過失によるものと認められる。その際に被告車が右に転把しなかったら事故は起きなかったと期待するのも無理である。したがって、右主張は採用できない。

3  右によれば本件事故の発生について第一審被告菊地一雄には過失がなく、もっぱら第一審原告の過失によるものと認めるのが相当である。そして、《証拠省略》によれば、被告車に構造上、機能上の障害がなかったものと認められる。したがって第一審原告の第一審被告両名に対する本訴請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく、失当というべきである。

三  よって、第一審原告の第一審被告斉藤明男に対する請求を認容した原判決は失当であるから、これを取消して、右請求を棄却し、第一審原告の第一審被告菊地一雄に対する本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松永信和 裁判官 糟谷忠男 浅生重機)

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